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名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)2445号 判決

原告

吉田広一、吉田広二、吉田広三、吉田広四、

吉田広五、吉田広六、吉田広七、吉田広八、

吉田広九、吉田広十こと

株式会社サンリオ

右代表者代表取締役

佐藤辰夫

右訴訟代理人弁護士

伊藤典男

伊藤倫文

被告

三笠製薬株式会社

右代表者代表取締役

緒方巧

右訴訟代理人弁護士

藤井正夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、金一八六一万六五〇〇円及びこれに対する平成七年五月二四日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告発行の転換社債を複数取得した原告が、別紙記載の各架空名義に分散して転換請求を行い、右各架空名義人が単位未満株主として登録された後、右各架空名義人ごとの単位未満株式の買取請求手続を行ったところ、被告がこれに応じないため、被告に対し、右買取代金の支払いを請求している事案である。

一  争いのない事実

1  (当事者等)

(一) 被告は、医薬品、医薬部外品、医療用具等の製造、販売及び輸入を業とする会社であり、日本証券業協会店頭登録会社である。

(二) 被告の株式事務については、三菱信託銀行株式会社が名義書換代理人として代行している。

2  (被告の転換社債発行)

(一) 被告は、平成五年一二月一三日、第二回転換社債を無記名無担保で、発行総額二〇億円、発行価額一〇万円、転換価額九一三円にて発行した(以下「本件転換社債」という。)。

(二) 原告は、本件転換社債三七五三口(額面合計三億七五三〇万円)を取得した)。

3  (原告の転換請求)

(一) 原告は、平成七年五月八日から一一日にかけて、本件転換社債について、別紙のとおり各名義に分散して、被告の名義書換代理人である三菱信託銀行株式会社の名古屋駅前支店(以下「三菱信託銀行」という。)を通じて、転換請求手続をした(以下「本件転換請求」という。)

(二) 本件転換請求の結果、三菱信託銀行において、別紙記載の各名義人が単位未満株主として登録された(合計四一万〇七四五株)。

(三) 右(二)の各名義は、架空名義であり、真実の株主は、原告である。

(四) 原告は、右3の(二)の転換後に取得した株式のうち、七四五株について、被告に対し買取請求をし、被告は、原告に対し、平成七年八月一八日、その買取代金を支払った(遅延損害金を含む)。

4  (単位未満株式の買取請求権の行使)

原告は、前記3(二)の単位未満株式の各株主として、平成七年五月一五日(ただし内田成六、内田成七の分については、平成七年五月一二日)、いずれも三菱信託銀行において、単位未満株式の買取請求手続(昭和五六年改正商法附則一九条一項。以下同改正附則を「附則」という。)をした。

5  被告は、前記4記載の買取請求に対し、買取代金の支払いを拒否している。

二  争点

複数の転換社債を取得した者が、これを複数の架空名義に分散した上、各架空名義で転換権を行使した結果生じた単位未満株式について、各架空名義ごとに附則一九条一項の買取請求権が発生するか(同条項の「自己の有する単位未満株式」の解釈)。

1  原告の主張

(一) 転換社債を複数取得した者が、いくつかの名義に分散して転換権を行使し、株主名簿上に単位未満株主として登録されれば、たとえそれが架空名義であっても、発行会社が各名義人を単位未満株主として扱っている以上、当然に、その名義人が単位未満株主として、附則一九条一項の買取請求権を有するものであり、真実の株主は、被告に対し、各名義ごとに単位未満株主として買取請求権を行使できる。

(二) このような方法は、証券取引において、本人確認手続がなされずに、届出をした名義において取引ができることから、転換社債債権者の投下資本回収方法の一つとして認められるものであり、従来このような買取請求は、取引慣行として認められてきた。

(三) そして、被告は、本件以外にも、右取引慣行に沿って、架空名義人による買取請求に応じた例があり、このような事例があるからこそ、原告は、右の事例と同様の投下資本回収が可能であると期待して、本件転換社債を大量に取得した経緯があるのだから、被告が、本件転換社債を低額面で発行し、容易に大量の資金調達をしておきながら、本件の原告の買取請求を拒否することは、信義則に反する。

2  被告の主張

(一) 転換社債を取得後、いくつかの架空名義に分散して転換権を行使し、転換により取得した株式数が各名義ごとにみれば単位未満である場合、その架空名義ごとに買取請求権が生ずるのではなく、真実の株主が保有する株式全部を合計して、尚単位未満株式が生じたとき、その部分についてのみ真実の株主に買取請求権が発生する。

(二) 本件においては、原告の有する株式数は、四一万〇七四五株であるから、原告の単位未満株式は七四五株に過ぎず、買取請求権は、これのみについて発生し、この七四五株の買取については、被告は原告に対し、平成七年八月一八日遅延利息分を加えて振り込み支払ったのであるから、本件訴訟の買取請求分は、全て買取請求権が発生していない。

第三  争点に対する判断

一1  附則一九条一項の制度趣旨は、① 単位株制度導入後、新たに単位未満株式が生じても株券は発行されず(附則一八条二項)、株主名簿に記載されるのみで、単位未満株式を有する株主の投下資本回収の途が閉ざされ(譲渡禁止)、② 単位株制度導入以前から発行されていた単位未満株式については、その株券は依然として有効なので、これの交付によって単位未満株式の譲渡が可能であるが、譲受人が既に株主名簿に株主として登録されている者でない場合には、取得した単位未満株式について株主名簿に記載することを会社に対し要求できない(附則一八条三項)とされ、市場取引が不可能となった(譲渡制限)のであるが、単位未満株主も株主である以上、投下資本回収の途を開く必要があることから、やむをえず、自己株式取得禁止の原則(商法二一〇条)の例外として、特に単位未満株式について発行会社に対する買取請求を認めたものである。

2  そして、商法二一〇条で自己株式取得が原則的に禁止されているのは、これを認めるときは、出資の払戻しと同じ結果を生じ、資本の充実を害することになり、また会社の内情に通じている取締役が自己株式の取得を投機的に行うことにより、一般投資家や株主に不当な損害を与える弊害があるためであり、更に法は、右の趣旨を徹底するため、同法四八九条二号において、取締役等は、何人の名義をもってするを問わず、会社の計算において不正にその株式を取得したときは、五年以下の懲役または二〇〇万円以下の罰金に処する旨を定め、また、これにより会社に損害が生じた場合には、取締役は、会社に対し、損害賠償責任を負うとされている(同法二六六条一項五号)。

3  このように、法が自己株式取得の原則的禁止を徹底していることからすれば、右の附則一九条一項の「自己の有する単位未満株式」か否かの解釈、判断は、単位株式制度の導入によって、右の①ないし②に記載した譲渡禁止ないし譲渡制限を受ける株式か否かを、厳格に検討し、右の自己株式取得の原則的禁止を容易に潜脱されることのないようになされねばならない。

4  本件のような架空名義による買取請求の場合、確かに、外形上は、架空名義人が単位株に満たない株式を有している旨が株主名簿に表示され、各架空名義人について登録された単位未満株式について、右の譲渡禁止ないし譲渡制限を受けるように見える。

しかし、株主名簿にどのような名前、住所を記載するかは、登録を請求する株主の意思に委ねざるをえず、会社は株主の請求どおりに記載するほかはないので、仮に、原告の主張するとおり、株主名簿上単位未満株式として登録されている全ての場合について買取請求権の発生を認めるとすると、単位株主が買取請求権を取得するために、敢えて計画的に複数の架空名義に分散して登録すれば、一見して架空名義であることが明白であっても、発行会社は買取請求に応じなくてはならなくなり、かくては株主の恣意によって容易に自己株式取得の禁止の原則を潜脱することを許す結果となり、著しく不合理である。

他方、真実の株主は、容易に、株主名簿の各架空名義を自己の名義に訂正することができ、これによって、真実の株主の所有する株式数を合計し、単位株となった部分について、その株券の交付を受け、これを市場で譲渡して投下資本を回収することができる。

以上の検討から、「自己の有する単位未満株式」か否かは、株主名簿の記載にかかわらず、実質的な観点から判断するべきであり、当該真実の株主の所有株式数を合計して、なお単位未満株式が生じるか否かによって、判断するべきである。

二  本件の場合、真実の株主が原告であることに争いがない。

そして、前記争いのない事実3(二)及び4のとおり、現在の原告の所有する株式は全部で四一万株なので、原告は、株主名簿上の架空名義をすべて自己名義に訂正することにより、原告は、株主名簿上も四一万株の単位株主となる。

したがって、原告には、単位未満株式は存在しないことになる。

三  以上の検討から、原告には、およそ買取請求権は生じない。

四  なお、原告は、前記のように、被告が本件買取請求に応じないことが信義則に違反する旨主張するが、原告が買取請求権を取得していないのであるから、被告が本件買取請求に応じないことは何ら信義則に反するものではない。

更に、仮に、原告主張のように架空名義による買取請求が証券取引において現実になされた事例があるとしても、このような買取請求は、前記のように、自己株式取得の禁止の原則を容易に潜脱するものであり、到底許されるものではないのであるから、かかる買取請求に応じた事例が過去にあることをもって、被告の買取請求の拒否を信義則違反と認めることはできないというべきである。

第四  結論

以上によれば、原告の本件買取請求を認めることはできず、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柄夛貞介 裁判官髙橋裕 裁判官作原れい子)

別紙〈省略〉

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